夢も希望もない
日の明かりに照らされ、傾いた地面
10m程離れて向かい合う、モッズコートの男。
その手には、日本刀。
その顔は影になって見えない。
俺は、片手に何かを握りしめている。
皮のような何かでぐるぐる巻きにされた、金属の棒。
手に感じる重さから多分、金属バットだと思う。
視界はよくはない。
夜だというのはすぐにわかった。
音は、聞こえない、と思う。
ゴウゴウと何かが燃えていた気もするし、何か男が叫んでいたかもしれない。
いや、叫んでいたのは、俺の方だったのか?
キーンと耳鳴りが酷かったことだけは覚えている。
喉が渇く。
いつまで睨み合いを続けるのか、次第にじれったくなる。
だから、どちらともなく駆け出す。
俺の口は、何かを叫んでいた。
バッドを横に振りかぶり、男は刀を縦に振り下ろす。
例えばChivalry2をVRでやったとする。
(Chivalry2:騎士道FPS。叫んで殺して殺されるゲーム)
振りかぶってくるな、と思ってからガードすれば間に合うわけだが、そいつの振り下ろしが見えなかったことを鑑みるに、優にその常識を超えていたんだと思う。
何も見えなかったが、金属同士のぶつかる甲高い音と、手に伝わる衝撃で、バットで弾いたんだと、決めてかかる。
自分が斬られたかとか、痛いとか、そんなことを考える余裕はなかった。
そんなことを考えるくらいなら、一刻も早くこの命のやり取りを終わらせないとと、思考が支配されていた。
兎に角、お互いぶっ殺してやるという思いで手で得物を振り回していると、俺の手とそいつの手から、同時にすっぽ抜けてしまったのだ。
俺の近くに転がってきたのは男の持っていた日本刀、咄嗟に手に取って振り返ると、男は俺のバットをフルスイングしていた。
体の軸語と振り返ったら、右腕の切り落とされた男が立っていた。
初めてその男の顔を見た。
このままだと訪れるのは失血死、しかし恐怖に歪んではいない。
怒りでもない、ただ、悲し気に口を開こうとして、結局何も言わずに、男は残った腕で傷を押さえながら、声にならない悲鳴を上げる。
そこでやっと、救急車のサイレンが耳に入るのだ。
いつも、そこで夢が醒める。
俺は、本当は、誰かの腕を切り落としたのかもしれない。
利き腕を切り落とされた人生がいかほどに幸せかわからない。
俺が同じ立場なら、きっと不幸だろう。
タイピングもままならないし、いろんなことに不便が付きまとうはずだ。
大概この夢を見ると、じっとりと汗を額にかいている。
俺は、生きるために誰かの人生を踏みにじったのだ、と。
あるいは、いっそ殺してやった方が幸せだったのではないか、と。
俺だったら、いっそ殺してほしかった、と。
俺は、天井から部屋の中心に垂れるロープを見る。
俺の人生だが、すでに積んでいる。
やりたいこともない。やり残したこともない。
過ごしたい時間もない。夢も希望もない。
友人も恋人も、誰もいない。
いつか首を吊るために、強度だけは確認したそれの穴を、俺はぼおっと眺めた。
ガチャリ
呼び鈴も鳴らさずに、ドアが開く。
誰だ?
振り返ると、玄関には忘れたこともない、あの男が立っていた。
あの日と同じ色の、形の違うジャケット。
片腕はもちろんなく、袖だけがへちゃっとしおれてぶらりと垂れ下がっていた。
「俺は生きているぞ」
そいつの顔は、逆光で見えない。
そこでいつも夢が醒める。
小汚い部屋で、目が覚める。
天井からロープは垂れ下がっていない。
俺は、あの男の顔を思い出せないでいる。