汁物語①
汁物語
汁物
汁(スープ)を主体とした日本料理の総称。
特に飯と共に提供されるスープ料理を汁物と呼び、酒と共に提供される肴のスープ料理である吸物と区別する。
話の前に、とりあえず、これをどうぞやさ。
――私はリュックから取り出したタンブラーと紙コップを取り出し、まだ温かい黄金色の液体を一杯ずつ注ぐ。
全員に行き渡るようにするには紙コップの半分も入れられないが、この不可解な液体はこのくらいの量が適量なのかもしれない。
事前に毒見はしてますので、安心してお飲みください。旨いですよ。
――そう言って島岡を名乗る黒衣の人物は、仮面の横から伸ばしたストローで蚊のように啜った。
それを見て、場の板面々も恐る恐る口をつけていくが、すぐに顔を持ち上げる。
揃いも揃って、目を丸くしていた。
!?
これは・・・旨い!
旨いんだけど例えようがないというか・・・そんなことを言っているうちに口の中でふわっと溶けていくというか・・・
トぶぞ
へ~、お姉さんやるねぇwこれ神屋系筆頭「鉄神屋」の塩らぁめんのスープに使われてる鶏ガラ出汁っしょ?wwあ、スマソwww自分ラーメン詳しくてww実は「ぬ~どる亭麺吉」って名前でラーメンブログやってるんすよねww最近だとお笑いブログみたいに扱われてるけど一時期は麺仏にも昇格したんすよぉwwえご存じない?www
あ~・・・鶏ガラじゃのーねんな。
え、違うの?wwうっそでぇ~~いwwww拉麺警察出動しますぞww
これ、定食屋やってるツレが味噌汁に使い始めた昆布出汁さ。
言われてみればそうなのかも・・・?いや、ダメだ・・・思い出せない・・・
・・・本題に入るんね。この出汁についての話しやざ。
・・・
今皆さんに飲ませた昆布出汁、誰も味を言葉で表現できないし、思い出せないんです。
すごい旨い、ヤバい旨い、めがっさ旨い、Tasty、ハオチー、エトセトラ。
口にした全員がこの味を「旨い」と感じ、口をそろえてとにかく「旨い」と表現する。
辛いでも、コクがあるでも、アッサリでも、グルタミンやニアシン由来の「うま味」でもない。
だから端から見ている他人からするとどう「旨い」のかわからないし、レビューも「旨い」としか書けないか高評価もつかない。
ただ、この味は不思議なことに、どこどこの何で飲み食いした時に、というのは一発で思い出せるんですよ。
実際、私は最初にこの出汁を飲んだ時、西大阪のホテルで食べた鰹出汁を使ったスパゲティと同じ味だと感じました・・・昆布と鰹じゃ全然味も違うはずなのに。
だから、さっきそこの眼鏡の方が思い出した神屋系ラーメンと言うのも、もしかしたら同じ現象なのかもしれません。
鶏ガラ、昆布、鰹、全部材料も産地も違うのに感想は同じ「旨い」、ただそれだけ。
こんな不気味な話、ないでしょ?
私がこの話に尾ひれをつけたいのは、何でもいいからこの「旨い」味の理由が欲しかったから。どうか、お願いするさ。
――「ひとつよろしいですかな」と、雪野大福が手を挙げた。
島岡が「どうぞ」と無機質な機械音声を返すと、雪野大福は正座を正すと、少しだけ前のめりになって言った。
質問の前に皆さんに聞きたいことがあるんですが、全員この昆布出汁を飲んで「旨い」と思ったんですか?「辛い」とか「甘い」とかではなく?
――全員が首を縦に振る。「うま味」とも違う、と誰かが言った。
なるほど・・・では、この体験は全員にとって実在する怪奇現象ってことになりますよね。島岡さん、これは会の趣旨にも反してないですか?
ええ、大丈夫ですよ。リアルであれ何であれ、持ち込まれたエピソードに対してああだこうだ言うことが目的ですので。
――その言葉に、誰も異を唱えない。
他に質問がなければ、質問に入ります。