大したことのない話

脳みそに詰まったゴミを吐き出しておく場所

十物語 BBQするアカミミガメ

「お待たせ」

「あ、どうも・・・佐藤さんやざ?」

 

フランチャイズカフェの私の座る席の前に、ストレートの髪を伸ばした女性が座る。

手には一人分のマグカップが握られていた。

 

「ええ、私が佐藤聡子。あなたが・・・BBQするアカミミガメさんよね。よろしく」

 

自分が知りうる中で最も胡散臭い男である水樹が紹介してきたイベント「十物語」。

私を参加させたのも、目の前の彼女を紹介したのも、あの髪を固めた金の亡者だ。

ただ、イベントの常連であるという佐藤から事前に話を聞ける、というのはありがたかった。

・・・・そこまで、手のひらの上で転がされているともいえるが。

 

「あの、水樹さんとはどったご関係で?」

「ああ、アイツ?ただの新卒時代の同期よ。お互いもう、辞めちゃったけどね。ああそうそう、会で会った人に素性を聞くのは止めた方がいいわ。勝手に話してくれるのを聞く分にはいいけど、島岡がそう言うのを嫌がるの。『誰とも知らない相手から聞く空都市伝説になるのに、どこどこのだれだれさんから聞いたってわかってたら台無しだ』、とかなんとか言ってたっけ」

 

――自分で拡散するんだから、いくらでもぼやかせばいいのにね、と佐藤は肩をすくめた。

随分と慣れた口調だ、水樹の言っていた通り常連というのは間違いないらしい。

 

「島岡どんともオオトモですがや?」

 

佐藤は手元のコーヒーを一口飲むと、窓の外のテラス席を眺めた。

当然ながらそこに私はいない。

 

「友達って程じゃないわ。ここでだけの付き合いだから、取引相手に近いの。正体不明のライターの素顔は、私も知らないわ」

 

こちらに向き直り口元に静かな笑みをたたえた彼女は、少しだけ自慢気な口調で続けた。

 

「ただこれは秘密にしておいてほしいんだけど、私はこの十物語の立ち上げにも関わってる。そう言う意味では、島岡のことは良く知ってると言ってもいいかもね。貴方のことは・・・聞かないでおいてあげる。どうせもう会うこともないでしょうし」

 

その後は、会の流れを簡単に佐藤は説明した。

 

ハウススタジオを借りて行われる座談会。

全員が持ち寄った何の気なしの不思議な話に尾ひれをつけて都市伝説にする。

それを10回繰り返したら会は終わり。

 

そこまで話すと、佐藤はトイレへと席を立った。

要はホラ話をみんなで作って遊ぶ会なのだが、主催の島岡はアルファツイッタラーというやつで、そこで作られた都市伝説はまるでさもどこかの地方で当たり前のように語り継がれた歴史があるかのように広まるのだという。

 

ふとテラスの向こう側に店内に客の視線が集まっていることに気付き、同じくそちらを見る。

そこには、典型的な地雷系ファッションに身を包んだけだるそうな表情の少女が、大きな麻袋を引きずって歩いていた。

それだけでも目立つのだが・・・袋の中身がじたばたと暴れているのだ。

時折立ち止まっては暴れるのを落ち着くまで袋の上に座って、立ち上がってまた歩いてを繰り返し、どこかへ去っていった彼女だったが、暫くして元来た道を今度は手ぶらで戻ってきた。

 

 

「お待たせ、トイレ混んでて・・・って何?窓の外に何かあった?」

 

戻ってきた佐藤は、窓の外の少女を目で追っていた私の前で手を振った。

 

「あ、いや・・・」

 

言いかけて口をつぐむ。

説明の仕方が見つからなかったからだ。

佐藤はきょとんとしつつも、そのまま席に着くことなく、手荷物をまとめ始めた。

 

「そう?じゃあそろそろ行こうか。時間も近いし」

 

会計を持った佐藤に礼を言い、指定されたハウススタジオの近くまで来て、私は目を疑った。

門の前に立っていたのは、あの暴れ袋を引きずっていた地雷系の彼女だったのだ。

佐藤は慣れた様子で、「こんにちは」と話しかけたので、私はその後ろに隠れるように立った。

 

「佐藤聡子と、こっちはBBQするアカミミガメさん。私たちが入るまではまだ待つようですか?」

 

彼女は両手の人差し指で角と角を挟んだタブレットをくるくると回しながら、ダルそうな顔を佐藤に向ける。

 

「なう、ろーでぃんぐというやーつです」

「トラブルじゃないですよね?」

「予定外れるけど開催はするよ、あーしはダルそうにそう言った」

 

欠伸をしながら彼女はそう言うと、こちらを無視するようにタブレットの画面を大層つまらなそうにいじくる。

「こういうこともあるから、少し待ちましょうか」と、佐藤もスマホを取り出してSNSの海へとダイブしてしまった。

手持無沙汰になった私は、地雷系の彼女にオズオズと尋ねた。

 

「あの、さっき、袋に何か入れて歩いとったんは、なんなら・・・?」

 

彼女はタブレットから目を外すことすらせずに、吐き捨てるように言うのだった。

 

「でんもべーにぼられたくねんなら、だーっとりゃんせ、がっちらごん」