大したことのない話

脳みそに詰まったゴミを吐き出しておく場所

カタシロめいたTPRGリプレイ IN_CA■E 【5】2日目 ②

■登場人物
・邪悪な心を持つ幼き弱き竜・純(純)
 大学生。事故に遭って、気が付いたら黒い部屋に寝ていた
 好きな昆虫:カブトムシ
・カタシロ(カ)
 医者。表面に顔文字を表示する仮面をつけている
 好きな昆虫:アリ
・July
 同じく病院に入院している。事故の被害者だが、その記憶がない
 好きな昆虫:チョウ

問2

ジェームズが沼地を散歩していると、不幸にも雷に打たれて死んでしまう。
彼の死体が倒れ込み沈みゆく沼に再び落雷が落ち、奇跡的な科学反応を起こす。
泥から死んだ男と全く同質、同一形状の生成物が生まれたのだ。
この生成物、仮にスワンプマンとすると、外見から脳細胞の原子構造、果てはDNAまで死んだ男と全く同一であり、もちろん記憶も性格も、精神も引き継いでいる。
スワンプマンは死ぬ直前の男の記憶を引き継ぎ、家に帰り、予定していた用事を済ませて、家族に電話をしてから、ジェームズが読みかけていた本を読み始めた。
翌朝ベッドから起き上がったスワンプマンは、いつも通りに朝食を済ませて職場へと赴く。

外見、精神が全く同じスワンプマンと死んだジェームズは、同一の存在だろうか。

純:・・・はぁ~、難しいな。漫画じゃあよくありがちだけど
カ:これも正解なんてものはない。質問があれば聞くよ
純:元の男は、死んだんですよね?
カ:ああ、沼を探ればちゃんと死体は出てくるよ
  ただ、「ジェームズによく似た誰かの死体」だと、人々は思うだろうな
  仮にその死体をスワンプマンが見ても、同じく自分によく似た他人だと考えるよ
  スワンプマンがその沼から生まれたなんて、おそらく誰も思いもしない

はいはい、誰も彼もが、スワンプマンをジェームズだと思っているからか。
というか、死体が見つかって、DNA鑑定か何かで死体がジェームズだとわかるその瞬間まで、全員の中でジェームズと認識されてるのはスワンプマンなわけだ。
だとしても、だ。

純:いや、同一じゃない、と思いますね
カ:ほう。詳しく聞きたいな
純:少なくとも、沼の底にジェームズの死体かその跡があるから、っていう・・・

カタシロは足を組み替えると、前のめりになり顎に手を当てる。
何も言わないが、俺自身が言葉を吐き出すことを待っているように。

純:仮にっすよ、Aって場所にある水素とBって別の場所にある水素があるとして
  2つは全く同じ構造で、全く同じ機能を持っていても
  酸素と結合して水になれるなら、別もの、2個とカウントするわけじゃないすか

カタシロはタブレットに何かを打ち込みながらも、俺の方を向き言った。

カ:ジェームズの死体の遺留物とスワンプマンがこの世界に同時に存在する以上、
  物理的に別の実体を持つ、ということかな
純:そう。人間の認識の上では同じかもしれないけど、厳密には違うのかなーって
  ・・・ちなみに二人が戦ったらどっが強いですか?

それを聞いて、カタシロはくすりと笑った。

カ:片方は死んでるから、その仮説は成り立たないよ
純:・・・そうか、そうでしたわ
カ:もう一つ聞いてもいいかな
純:できるだけ難しくないのを頼みますよ
カ:もし、君の10年来の友人が途中からスワンプマンに入れ替わっていたと知ったら
  君とその友人との間で、何か変化はあるかな

途中から入れ替わっていたら?
俺は、一度本人は死んだと受け止めるんだろうか。
その上で、スワンプマンをよく似た別人だと、割り切るんだろうか。

純:それって、本人はやっぱり死んでるんですよね
カ:ああ、沼の底にいるよ
純:最初に俺と会ったソイツは死んでるってことか
  だったら、きっと葬式はするんだろうな・・・
カ:記憶も体も当の本人と同じ人間がいるのに?
純:ええ。俺が最初に会ったのは泥人形じゃないわけでしょ?
カ:君が過去に会っていたのはスワンプマンじゃない、確かにそうだね

「興味深いな」と、カタシロはタブレットに何かを打ち込む。

カ:葬式の後は、どうするのかな
純:そのスワンプマンのことは、本人の弟か何かだと思うようになると思います
カ:それは、双子の弟のような関係性?
純:そう、双子。まさしくそれです。もしくは、Mk-2的な感じ
  どうやっても、本人と同じとは割り切れないっすね

カタシロはそれを聞いて頷くと、タブレットを畳む。

カ:なるほど。君の記憶の中の相手、か
カ:すごく参考になった。ありがとう
純:これがリハビリになってる実感は湧かないですけどね
  じゃ、約束は守ってもらいますよ。俺を、廊下に出してくれ
  

「もちろん」とカタシロは立ち上がると、ドアノブをひねって力を込めて押し開く。
随分重いらしくギ、ギ、ギと音を上げながらドアがゆっくりと開いていき、廊下の光が細い隙間から部屋に入ってくる。
開き切ったドアを背に無言で促すカタシロに従って、廊下に顔を出した俺は、左右を見渡すやいなや「おー・・・」と思わず声を漏らしてしまった。

それこそホテルで使われているような、えんじ色のカーペットが敷かれた廊下が、随分長く、それこそ学校の廊下くらい伸びている。
左右の壁には先ほどカタシロが開いたこの部屋のものと同じ、濃い茶色のドアが点々と並んでいる。

純:それぞれの部屋に患者がいる、ってことすか
カ:ああ、流石にプライバシーに関わるからそれ以上は言えないが
純:その中には、Julyっていう患者もいます?
カ:July、なるほど。君にはそう名乗っているんだね

そう言うと、カタシロは廊下に出ると、そのまま歩き出す。
俺は、後を追いながら尋ねた。

純:名乗ってるってことは、本名じゃないんだな
カ:『ジョアン・ジョコモ』と言う名前に、聞き覚えはないかな

その名前を聞いたとたんにザラザラというノイズが、頭の中を一瞬走る。
まるで、知っている名前のような響き。
しかし、ジョアンなんていう小洒落た名前の外国人の友人は帝京平成大学にはいなかったし、今までの人生で会ったことがあれば覚えているはずだ。

ジョアン・ジョコモ、ジョアン・ジョコモ・・・ジョルノ・ジョバァーナ
・・・ジョジョの奇妙な冒険の、何部かの主人公?小説とか?
いや、ダメだ、思い出せない。
まるで足利幕府の初代将軍尊氏と三代将軍義満は知っているのに、二代目の名前だけが出て来ないような、不愉快な感覚だ。

純:ないっすね。日本の漫画にそんな名前の奴が主人公のがあった気がするけど

カタシロは、ジョアンとやらについては饒舌になるらしい。
歩きながらも、慎重に言葉を選びながら、俺に話しかける。

カ:・・・彼はある裁判にかけられている
純:裁判・・・それは、事件ってこと?事故じゃないのか?
カ:『不幸な事故だ』と、10人中10人が誰もが首を縦に振るよ
  問題は、いや、まあ、そうだな、彼には罪があるのか、ってことなんだ
  ・・・それを、私もはっきりさせられないでいる

カタシロは一瞬言葉を詰まらせて、俯きがちだった背筋をおおげさにぴんと正した。

純:罪、ねぇ。過労で寝ぼけて幼稚園のバスに車で追突した、とか?
カ:言い得て妙だが、似て非だね
純:そりゃ残念
カ:5人に一つずつケーキを送ろうとしてプレゼントの箱に詰めた
  しかしその日の夜に机の脚にガタが来て、箱の4つが机から落ちた
  もちろん、ケーキは一人しか食べられない、みたいな話さ
純:そんなの誰も悪くないでしょ。強いて言うと運が悪かっただけだ
カ:そう、この話は決して運悪くも、5人全員が一律に幸せになることはない
  君なら・・・いや、よそうか

カタシロは何かを言いかけて、あるドアの前に立ち止まった。

カ:何はともあれ、彼はこの部屋から出て来られないでいる
純:あんたらが出さないんじゃなくて?
カ:《《それもある》》。彼と会話できるなら、是非そうしてあげてほしい
  心の扉ほど、重いものはないんだ

トントンとドアをたたくも反応がないことに肩をすくめると、カタシロは元来た道を戻っていく。
そうして元の俺の部屋までたどり着くと、昨日同様に栄養ドリンクを飲むように言い残し、部屋のドアに手をかけた。
その背中に、俺は言ってやった。

純:さっきのケーキの件だけど、『ケーキの代わりの物をもらう』、じゃダメか?

振り返ったカタシロは仮面に😮と表示するだけで、何も言わなかった。
そうして彼が閉じたドアは音もなく閉じていき、あっさりと俺と廊下とを隔てたのだった。

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