カタシロめいたTPRGリプレイ IN_CA■E 【6】2日目 ③
■登場人物
・邪悪な心を持つ幼き弱き竜・純(純)
大学生。事故に遭って、気が付いたら黒い部屋に寝ていた
欠かせないカレーのトッピング:メンチカツ
・カタシロ(カ)
医者。表面に顔文字を表示する仮面をつけている
欠かせないカレーのトッピング:温泉卵
・ジョコモ・ジョアン(July)
同じく病院に入院している。事故の被害者だが、その記憶がない
欠かせないカレーのトッピング:福神漬け
どうする?コンソールで話し掛けて見るか?
いや、その前に部屋の中を調べておきたい。
ベッドのすぐ脇にある、受話器やらアラームやらがまとまった傍机・・・とでも言えばいいのだろうか。
この機械から目覚ましジャンケンが流れてるわけか。
時計の電子表示は13:45と言う時刻を表示しているが、日付や曜日までは表示されていなかった。
それどころか、アラームの時間や音を設定するようなボタンもない。
黒いプラスチックの箱に、シンプルな黄緑色のデジタル時計がついているだけなのだ。
机の端にリングチェーンでつなげられている、合成皮でできたカバーのついたパンフレットが目に入った。
ここに、施設の紹介や、この機械でアラームを設定する方法も書かれているのかもと思って手を伸ばす。
純:・・・はぁ?なんだ、これどうなってんだ?
手に取ろうとしたが、机に固定されているのか持ち上げることもできない。
せめてページをめくろうとしたのだが、それすら叶わないのだ。
つまりこれは、パンフレットの置物、ってことか?
えぇ・・・?どういう芸術?
違和感はそれだけじゃなかった。
座っているベッドも、何か、しっくりこない。
掛け布団もないし、シーツには皺もつかない。
そして、枕やマットレスに力を込めても形が変わる様子もないのだ。
よもや、己の力の至らなさゆえか?
否、否、否ァ!ゆえにこそ、全身全霊をもって答えよう!
純:俺のこの手が真っ赤に燃える!
純:枕を掴めと、轟き叫ぶ!
右手に込められた「キング・オブ・ハート」のエネルギーが、烈火のごとく右手を焦がし、激痛からか脳髄にジリジリと激しく電気刺激が走る感覚に苛まれた。
だ
か
ら
ど
う
し
た
!!
純:ばぁぁぁくねつッッッッッ!!!!
純:ゴォォッド!!フィンg
衝撃の瞬間、俺の時間が留まった。
力をどんなに込めても、身動きが取れない。
首一つ、目玉一つ動かせない!
天井の白熱灯がチリチリと点滅し、ついに部屋は真っ暗になった。
窓からの光は、部屋には差し込んでいない。
・・・何が、どうなってるんだ?
っていうか、「右手に込められた『キング・オブ・ハート』のエネルギー」って何?
ジリリリリリリ
体感数秒の後、昨日と同じく鳴り出した呼び出し音とともに、部屋は元通りになった。
電気、窓の光、空ぶったゴッドフィンガー、どれも俺の知っている常識のそれだ。
純:これが、事故の後遺症ってことなのか?
ぽつりとした呟きは、未だに鳴り続ける呼び出し音でかき消されて、耳に入る前に立ち消えてしまった。
あー・・・うるせぇ。
中指と薬指の間を開いた手の形でそのまま手を伸ばすが、それを持ち上げる寸前、躊躇いが生まれた。
――― ・・・彼はある裁判にかけられている
――― 『不幸な事故だ』と、10人中10人が誰もが首を縦に振るよ
――― 彼には罪があるのか
いや、いや、考えすぎだろ。
俺は首を横に振り、受話器を持ち上げた。
?:我々はセント■■■国■公園■■■■の■■■■■判事に■■の撤回を■■する ?:■正な■■をもって、被■■■族への■■が■■■■■■!
耳に入るのは、男の荒い息遣いと、背後に流れる機械で編集された声による放送。
何度も同じ文句を流しているようだが、何分音が遠くはっきりとは聞き取れない。
カ:もしもし?
返事はない。
昨日と同じで、向こうの音声は聞こえてもこちらの音声は聞こえないらしい。
つまり、こっちは文字で相手するしかないわけだ。
俺は、キーボードを取り出しテレビに向けてボタンを押した。
▣June>>おい、掛けてきたのはそっちでしょ ☮July>>あ、あ、お、た、助けてくれ。何も見えないんだ、暗くて、ああ!
聞こえたのは、憔悴しきった弱弱しいJulyの声だった。
コヒュー、コヒューと過呼吸気味の息遣いから、相当に事態が深刻らしい。
▣June>>暗いくらいで泣かないでくださいよ、大の男がみっともない ☮July>>本当に何も見えないんだ。胸がざわざわする ▣June>>窓を開ければいいんじゃないすか?まだ昼間だし ☮July>>ここに、窓なんてない!
相当に苛立っているらしい、ブツブツと文字には起こされないような譫言をずっと言っている。
▣June>>暗いんじゃなくて、後ろで流れている放送に怖がってる、ってことは? ☮July>>よしてくれ、聞かないようにしてるんだ・・・耳をふさいでる ▣June>>だと俺にできることって何かあります? ☮July>>そうだな、極力明るい話をしたい。勇気と希望に満ちた、未来の話だ ▣June>>未来の話、ですかい
明るい未来なんてイメージは湧かないが、何でもいい、それらしい話をしないと精神崩壊しかねない気がする。
▣June>>俺、大学を出た後に働く先が決まったんです
返事はない。が、息だけは聞こえる。
受話器の向こうの相手は少なくとも死んではいないし、気を失ったわけでもないらしい。
▣June>>あまり頭がいい方じゃないんですよ。親も正直、ずっと心配してたし ▣June>>でも、何とかスポーツ用品のメーカーに雇ってもらえることになって ▣June>>別に有名じゃない弱小メーカーだけど、なんとか親孝行できそうなんです ▣June>>もう内定、取り消されてるかもしれないんですけど ▣June>>少なくとも、会社で働くだけの資質はあるって認めてもらえたし ▣June>>まあ、自信にはなったかなあって
・・・どうだろう。
反応を伺うために、いったん言葉を吐き出すのを止めると、暫くしてJulyは尋ねた。
☮July>>その、名前は? ▣June>>それは、俺の親の? ☮July>>いやメーカーの名前だ。見つけたら買うよ ▣June>>ナデシコっていう、登山用品のメーカー ☮July>>ピンクの花のロゴだったか、ストックホルムでも見た気がするな
俺は、打ちかけた文字を途中で止める。
北欧どころか俺の地元以外じゃ売ってないけど、絶対に国際展開してやるよ、と啖呵を切ってやろうと思ったのに、「ストックホルムでも見た」だと?
いや、そんなはずはないんだ。
27歳の時に有名なアルピニストが愛用者だとわかってネットでバズってから、細々とした会社だったのを一気に海外展開させた、それが俺たちが30手前の・・・時で・・・?
あれ、つまり・・・あれ?
☮July>>なあ、返事を返してはくれないか? ☮July>>おーい?
「何かが、ズレている」それだけは理解できた。
Julyの俺を呼ぶ声が止み、一瞬の完全な静寂の中で、彼の背後に流れる放送の一部が明瞭に聞き取れた。
?:我々は、セントロイド国立公園...
ブツッ、と言う音とともにその声は途切れてしまう。
▣June>>後ろで流れてた音、止まったみたいですね ☮July>>本当に? ☮July>>おお、本当だ
床にどさっと何かが倒れる音。
緊張の息が切れたのか、はぁ、はぁという音だけがしばらくしてから、Julyは泣き始めた。
▣June>>あんたのことも、何か聞かせてくれませんか ▣June>>仕事でも何でもいい、ジョコモさん ☮July>>その名前、どうして君がそれを? ▣June>>カタシロって医者が、名前だけ俺に教えてくれたんです。それ以外は何も ☮July>>あの男か
しばらく沈黙してから、息もとぎれとぎれに、July、いやジョコモは話し始める。
☮July>>私もね、医者だったんだ。小さい子専門の医者、小児科医だった ☮July>>ある子供がね私に泣きながら話しかける、そんな記憶 ☮July>>妄想じゃないとも言い切れないが、暗闇を見ていると思い出すんだ ▣June>>聞かせてほしい ☮July>>君の気分を、害するかもしれない。蜘蛛は苦手だったりはしない? ▣June>>取り立てて好きってわけじゃないが、恐怖症って程じゃないよ ▣June>>それよか、あんたのことをもっと知りたいんです ☮July>>・・・わかった。ある子供がね、私に話しかけるんだ ☮July>>トイレの便器の中に小さい蜘蛛がいたんだそうだ ☮July>>いずれ蜘蛛は水に流されてしまう、可哀そうに ☮July>>そう思ったその子は、蜘蛛を便器から助けようとした ☮July>>だが、力の加減を誤って、その蜘蛛を潰してしまった ☮July>>医者なら治せるだろうと、その子は私に泣きつく ▣June>>あなたは、なんて返したんです? ☮July>>君は悪くない、ただやり方が良くなかった。そう言ってあげたよ ☮July>>他者を想う気持ちは必要だ、ただ手段を間違えただけだ、ってね
まあ、そう言うこともある。
余計なお世話、と言うやつだ。
☮July>>あ、電気が戻った。説明に、誰か来るはずだ ▣June>>一件落着ですか ☮July>>おかげさまでね。君が、2日目も話が通じる相手でよかった ▣June>>それどういう意味です?褒めてます? ☮July>>来た。また話そう ☮July>>cmd - logout July
俺は混乱していた。
存在しないはずの、未来の具体的な記憶の断片。
俺の部屋に放送は流れていないし、停電にもなっていない。
一瞬静止した世界。
まあ、何にせよ、明日には退院だ
コンソールの電源を落とした俺は、カラカラになった喉を潤そうと栄養ドリンクを一気に飲み干し、そのまま深い眠りへと落ちて行った。
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