大したことのない話

脳みそに詰まったゴミを吐き出しておく場所

漬物語①

漬物語

漬物
主に野菜を塩・糠 (ぬか) ・味噌・麹 (こうじ) ・醤油・酢などに漬けたもの。
香の物。

大学時代の話なんですけど、同じ人文学部に四宮って男がいまして。
サークルや専行が同じってわけではないんですがね、取ってる講義が良く被ってて、それでいつの間にか仲良くなってました。
その四宮が、家で飲まないかって言ってきたときの話です。

 

四宮の家には、本当に面白いものがなかったんですよ。
食器棚の奥にあった、大魔王でも封じられてそうな、壺。
見つけた時は、「コレだ!」と思いましたね。

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「それは漬物だ、触るな」

忘れもしませんよ、あの静かな中に威嚇を孕んだ声。
俺は気おされて、漬物壺から手を引っ込めました。

俺もいつもなら「激おこプンプン丸~」、なんて茶化したんですがね。
嫌な予感と言うのかな、どうにも普段と様子が違ったんですよ。

 

四宮と言う男は、滅多に命令なんてしないし、俺に敬語を崩さない男でね。
いつだって怯えてるような、俺の一挙手一投足を伺うような。
どこか卑屈で後ろめたそうな、湿った目を俺に向けるんです。

嫌なことがあっても「やめてくださいよ~」と言うだけ。
怒りも叱りも拒否も藻掻きも嫌な顔一つしないで、されるがまま。
優しいというよりは、弱気と言うかヘタレというか。
兎に角、そういう奴なんです。

 

だから「触るな」なんて言われたときには、本気で怒ってんだろうなって。
俺は、黙ってゆーっくり、四宮の方を振り向いたんです。
今思うと暢気なことに、ちょっとだけ興味があったんですよね。
もし怒っているなら、どんな顔になるのか。

 

でも、四宮はこっちを見ていなかったんです。
触るなと言ったっきり、それ以上黙ってずっとテレビを見たままで。
ゲームのコントローラーのカチャカチャと音だけが、ずっと部屋を支配してました。

その後、四宮に何を言ったのか、よく覚えてません。
ただ、それだけ触ってほしくないということは、流石に理解しました。

 

なので、結局俺は、あの壺には触らなかったんです。

 

それ以降、どこか俺はあいつに避けられるようになって。
大学からも、いつの間にかいなくなってたんです。
俺が、あの壺を見つけたからなのか。
或いは無神経に人の家を探ろうとしたからなのかわかりません。

 

ただ、それだけの秘密があの壺に入っていたのかもなあ、って今でも思うんです。

中座

え、終わり?wオチ弱くないすかw百物語っすよねこれw

それを言われちゃうとそうですね・・・

ちょっとツミさん、そんな言い方ないでしょ。あくまで本人にとっての恐怖体験なんですから。人によって価値観は色々。キムチさんにとってはこれが一番怖い体験だった、それだけでしょ

禿同

 

真っ暗な畳張りの部屋、各々の前に置かれた行燈の前でその光に照らされながら、思い思いの姿勢でくつろぐ男女。

その中に俺、「むちむちキムチ」もいた。

全員に共通するのは、黒い服に白い仮面をつけた謎のWebライター「島岡」のフォロワーであり、彼(あるいは彼女)が主催するイベント「十物語」の参加者だということ。

 

「十物語」とは、全員が思い思いの恐怖体験を持ち寄り、運が良ければ島岡氏の記事に採用されるかもしれない、という集まり。

いわばネタ出し会と言ってもいいのだが、侮るなかれである。

島岡氏の書く記事はいずれも日常の延長戦にあるミステリや風習、オカルトをテーマにしており、その一部は書籍化され、今や映画化の噂すらあるのだ。

自分の話が記事になれば、もちろんクレジットに名前も載る。

お金や地位では手に入らない、特別な承認欲求が大いに満たされる、というわけだ。

あーあー、私から一ついいですか、皆さん

 

――黒い衣装をまとった人物から機械音声が流れると、俺の話の出来で勝手に揉めていた眼鏡の若い男と30代ほどのロングヘアーの女性は、ようやく口を閉ざした。


まずはむちむちキムチさん、ありがとございました。で、摘みたてさんはいくつか勘違いされています。ああお気になさらず、過去にもそう言う方は居ましたし、いい機会ですからここで整理しておきましょうか。

十物語の説明

まず、この集まりは「百物語」ではなく、「十物語」です。ですので、一つ話したら蝋燭を消す、と言うことはしませんし、そもそも100個も話しません。長いし眠いし覚えてられないので。

皆さんにはこれから語られる10個の話を、より恐ろしいものにしていただきたいんです。要は、脚色ですね。

 

――「脚色」。その言葉に全員が眉を顰めた。
俺だってそうだ、あまりいい印象はない。
そんな中、白髪交じりの壮年の男性が、おずおずお手を上げた。

 

脚色というと、嘘を混ぜ込む、と言うことですかな?

嘘松

正直者の方は気が引けるかもしれませんけど、物書きの仕事なんてそんなものですよ。世の中に出回っている都市伝説や怪談といったミームは、必ずしも誰かが体験したそのままの内容ではないんです。摘みたてさんが言ったように、なんなら三者からしてみればつまらない事の方が圧倒的に多いんですから。だからこそ尾ひれがついて、友人の兄や親せきの叔父さんの知り合いから聞く話になって、そこで初めて本当にミームになる。私はそう思っています。

なるほど。ただその・・・経験した本人の了承もなしにそんなことしていいんでしょうか。仮にキムチさんの話を脚色したとして、その四宮さんとやらはあまりいい気持ちにはならないのでは?

だからこうして体験したご本人にお越しいただいているわけです。それに記事にする場合でも、個人名や時期もぼかして本人でも自分のことが書かれているとは気付かないようにします。

 

――その言葉に、全員が口をつぐむ。
「ならいいんじゃないか」と、誰かがぼそっと言ったのを聞くと、島岡氏は全員の顔を一つずつ、ゆっくりと見回した。
仮面の裏の島岡氏の面相は見えないものの、俺は「異論はないね?」と言われている気がして、小さく頷いた。

では続きを。話者以外の方には一人一問ずつ、話者であるキムチさんに質問をしていただきます。キムチさんは自分の推測やで答えても構いません。

その後でキムチさんと、キムチさんの話を「SNSの知り合いから聞いた話」にしていただける方はそのままに、そうでない方は行燈の電源を切ってください。明かりに照らされている人は、ご自身の尾ひれをつけた話を語っていただきます。

話者の方は全員の内容を聞いた後で、自分の実体験尾ひれのついた話のどちらを「真実」とするかを選んでいただきます。そうして作られた「真実」の中から選りすぐりを私の記事にする、そう言う流れになります。

質問。もし誰も脚色をしようとしなかったら?

それは、その時のお楽しみです。

 

――摘みたてさんの言葉を聞いた瞬間、暗闇に浮かぶ白いか仮面がどうしてかニヤリと笑ったように見えた。

もちろん機会音声だから声色なんてものはないのだが、不気味と言うよりは不吉というか、何か恐ろしい企みがあるような、不安感が靄のように残る。

思わず俺は目を背けて、目の前にある行燈を見ることにひたすら神経を注いだ。

そんな俺をよそに(むしろこの時は俺こそが蚊帳の真ん中にいたわけだが)、島岡氏は宣言した。よどみなく進行する。

それでは皆さん、一問一答をお願いします。